Google Photosをめぐる大騒動。

Google Photos icon (2020).svg
Google – https://www.google.com/photos/about/, パブリック・ドメイン, リンクによる

私はGoogleのファンという訳ではではありませんが、若かりし頃には無料なのに良いサービスが多く、よく使いました。今でもGmailやGoogle Sheetsなどそこそこ使っています。そしてGoogle Photosの前身の買収したてのPicasaも使っていたので少々思い入れがあります。

GoogleはFacebookほど無頓着ではなく、Amazon程こそこそしていませんが、データやプライバシーに対して表裏反覆常無しな会社であることに変わりはないです。Googleがその写真サービスの無料の無制限のストレージを終了するに対して、少し逆説の意見があります。

Googleは、2021年6月からGBの写真を無料でサーバーに無制限にアップロードすることができなくなると発表しました。サービスを利用したい場合は、15GBの容量制限を守る必要があります(比較のために、Appleはわずか5GBを無料で提供していますね)。この変更は、すでにクラウドにアップロードしたすべての写真に影響を与えることはありません。Googleは以前に機能として「無料のストレージ」を謳っていたので、多くの人はこの決定について動揺しているようです。一部の人は、サービスの「無料」の側面が、多くのスタートアップ競合他社を廃業に追いやったと考えているようですが、そこは何とも言えないです。

Googleは価格設定方針の変更を発表する中で、Google Photosに保存されている写真は「4兆枚以上」あり、かつ「毎週280億枚の新しい写真や動画がアップロードされている」と指摘しています。サービスが優良だからこそ、ここまで大きく成功することになりました。廃業に追いやったかどうかはともかく、サービスとしてGoogleの方が勝っていたのでしょう。Google Photosの方が優れていたということでしょうか。私はPicasaから見ていますが、何年もかけてサービスを磨いて良くなってきたと感じます。写真サービスでは最高レベルの顔認識機能とクラスタリング技術を有しています。何十万枚もの写真をふるいにかけ、適切な人物や瞬間を見つけることができます。Apple Photosに比べれば、その差は大きいです。それでも、私は自分の写真をGoogleに任せてたくないのです。どうしてもGoogle Readerを思い出すのです。

実際に、Google Reader廃止後、私は重要なモノの類はGoogleを信用していません。Gmailも多用しなくなりました。冷笑と言われようが、無料で何かを提供しているときには非常に注意しなければならないと思います。「只より高いものはない」とはよく言ったものです。常に見返りがあります。自問自答するのは タダであることと引き換えに何を諦めるのか?Facebookの場合は、社会構造と現実のコントロールを手放しました。常に無料の検索やウェブサイトの無料記事と引き換えに何かを手放すのです。Gmailは無料ではありません。ダイレクトメールやマーケティングメッセージが受信箱に届くので。

GoogleはNPOのような非営利企業ではありません。よって営利企業が、今まで無料で提供してきたサービスを課金しようとしていることにショックを受けるべきではありません。Googleは、今までシステムにアップロードされた写真が、そのアルゴリズムを十分に訓練させたとして、「無料のストレージ」のコストを自社払いする必要がないと判断しただけです。

ところで、オリジナルの品質(非圧縮)の写真やデジタルネガを保存したい人は、常にGoogle Photosのプレミアムバージョンを支払わなければなりませんでした。Amazon Photosに切り替えることもできます – 毎年Amazonプライムにお金を払っている限りは。世の中に無料のものは存在しません。

しかし、それ以上に重要なのは、写真や写真ストレージについての考え方に慣れる必要があるということです。写真について議論したり、写真向けの製品を作ったりしている私たちの多くは、写真を「ファイル」や「記念品」と考える古風な考えを持っています。しかし実際には、今時の写真は、視覚センサーで撮影されたデータに過ぎず、処理され、消費され、忘れ去られてしまいます。このデータは、終わりのない視覚的な流れの一部なのです。多くの世代がSnapやTikTokを使って育ち、写真や写真に対する考え方が以前の世代とは違ってきています。音楽や映画を所有することが時代遅れの考えであるように、写真はこの新しい世代のために保存するものではありません。むしろ、写真は彼らの「今」を表現するものなのです。

Googleの戦略に正解があれば、Google Pixelのスマートフォンと写真の無制限容量をつなげたところかもしれません。この戦略でデバイスへの依存を生み出すだけでなく、刹那的なビジュアルストリームを画像を通して得る事ができるのです。Appleの座右の銘であるハードウェアとソフトウェアの双方をコントロールする事と、ベクトルこそ違え、大局的な考え方は同じです。

写真を大切にする人間にとっては、その写真を保存するために金銭を支払うことは、見合った価値があります。もっと重要なのは、ウェブ上の無料のもの(少なくとも合法的には)の時代は終わったという現実に慣れることです。テクノロジー企業も営利企業です。お金を稼ぎ、利益を上げ、株を上げる事が存在証明なのです。

iPhone 12 Pro Maxのカメラは色々な意味で突出しています。

いつしかiPhoneは大きくなりました。

iPhone 12 Pro

そして今までで一番大きいのが12 Pro Maxです。iPhone 12 Miniが発売された今、その大きさが際立ちます。

手が小さく私、iPhone 12 Pro Maxは完全に持て余します。いくらカメラの性能がよくとも、持ち歩きには適しません。

しかし、iPhone 12 Pro Maxのカメラシステムは残念ながらとても良いんですね。スペックだけ見ても明らかに他のモデルとは違いそうです。

しかし、それと同時に、より大きなカメラシステムでもあるんです。ネットの様々な比較写真を見ると、iPhone 12 Pro Maxのカメラモジュール(背面のカメラ、フラッシュ、およびライダーセンサーを含む)の迫り出しが大きいだけでなく、他のiPhone 12のカメラモジュールよりもはるかに大きな表面積を持っています。iPhone XS MaxやiPhone 11 Pro Maxのカメラシステムはスペック的に同じだけでなく、サイズも同じでした。モジュール部分だけではなく、カメラレンズ自体が大きくなっていて、どちらも直径が大きくなっていて、iPhoneの本体から更にはみ出てています。

さて、なぜなんでしょうか。ちょっと考察してみます。

Appleは、iPhone 12 Pro Maxの1xカメラレンズのセンサーが約47パーセント大きいと公表しています。この通常使用のカメラモジュールは、センサーシフトによる光学手ブレ補正が可能です。最もよく使われるレンズであり、Appleが最も力を入れているレンズだと思います。画質を向上させるためにセンサーを大きくすることなんですが、より多くのピクセルを追加するのではなく、より大きなピクセルを使用することで、より多くの光を集めることができます。

iPhoneの(カメラモジュールを除いた)ボディを厚くすることなく、より大きなセンサーを搭載する訳です。大きなセンサーで、他のiPhoneに搭載されている1×カメラと同じFナンバーと同じ画角を保つには実焦点距離を長くしなければならなく、口径も厚みも大きいレンズにならざるを得ません。

1×レンズを大きくし、かつ突出量を大きくしたら、他の2つのレンズ(超広角と望遠)も対称性のために幅を広くして突出量を多くする必要があります。デザインを重視するAppleらしい決断です。一つのレンズがわずかに大きく、他の2つよりもわずかに突出している3レンズのカメラモジュールは、見栄えが悪くなるのは必然です。

望遠レンズを大きくして突出量を多くしたら、2.0×(52mm相当)から2.5×(65mm相当)に変更するのが正解かもしれません。望遠センサーの大きさや画質はiPhone 12 Proと同じですが、レンズを長くすることで、超広角から望遠までの撮影画角の範囲が広がりました。レンズモジュールが突出しているためにできるのです。焦点距離を長くなると得手してレンズ全長が長くなるためです。どちらが先かと言うと、きっと1xレンズの大型センサー化が決まり、そして合わせるようにして望遠レンズが2.0xから2.5xに設計するように決定されたのでしょう。

iPhone 12 Pro Maxの1×カメラに搭載された大型センサーの利点は、暗い状況での写真撮影やビデオ撮影で最も顕著に現れるはずです。

iPhone 12 Pro Maxは、その大きな画面サイズやバッテリーのみでそれだけの価値があるかどうかです。個人的な意見になりますが、私は大画面の携帯電話は欲しくないので、何とも言えません。ところがこのiPhone 12 Pro Maxは、カメラが突出しています(性能的にも物理的にも)。カメラのハードウェアが凄いとなると、少し考えますが・・・やはりデバイスのサイズと重さを楽しめる(あるいは単に我慢できる)ならば、と言う制約付きですね。

iPhone 12 Pro Maxは大きなスマートフォンというよりは小さなタブレットかもしれませんね。

iPhone 12 MiniはiPhoneの正統進化モデルかもしれません。

iPhone 12 Miniですが、それはiPhone 12と全く同じだと思います。もちろん、より小さいiPhone 12ですが。

iPhone 12 mini

実際には少しの差はありそうなのですが、その実はiPhone 12 Miniはより小さいiPhone 12と認識すれば大丈夫そうです。同じ仕上がりですし、同じ色ですし、同じカメラシステムですし、同じA14チップですし、全く同じ性能です。そして、同じ5Gネットワークへの接続が可能です。小型化のための妥協がほとんど感じられません。

でもその差はバッテリーが最も顕著なのではないでしょうか。

iPhone 12 Miniはそのサイズから、当然のことながら一点の仕様では通常のiPhoneよりも劣る部分があります。バッテリーです。デバイスとして小さいので体積が小さく、5GアンテナやカメラモジュールやCPUが同等性能と言うことはそれらのサイズは両機種とも体積が同じなので、小さいiPhone 12 Miniの体積はほぼバッテリー部で間違いないと思います。バッテリーの体積が小さいと言うことは電気の容量が小さいのです。確かにディスプレイ画面が小さいので、その消費の差はあるかもしれません。しかし、バッテリーのサイズの方がディスプレイのサイズよりもトレードオフとして大きいです。

電池使用時間を定量化するのは少し難しいですが、ミリアンペアやワットなどでわかることは限られています。実使用上でどうなのか、が正解のような気がします。理想的なバッテリー容量テストはiPhone 12 MiniとiPhone 12を並べて使用し、同じアプリで同じ時間に同じ環境で動作させることですが、残念ながら私はそのテストはできません。しかし、Appleの製品紹介ページのバッテリーの仕様でもある程度わかるよヴな気がします。

iPhone 12及びiPhone 12 Pro

  • 動画再生時間 17時間
  • 動画再生(ストリーミング) 11時間
  • オーディオ再生 65時間

iPhone 12 Mini

  • 動画再生時間 15時間、12比較88%
  • 動画再生(ストリーミング) 10時間、12比較91%
  • オーディオ再生 50時間、12比較77%

相対比での比較なので、そこそこ正しいと思います。また、Appleは比較的正直にこれらの値を公表している珍しい会社です。では、この比較を解釈すると、オーディオ再生はディスプレイをオフにした状態で、すなわち純粋にバッテリーのサイズのテストとなるので、iPhone 12 Miniのバッテリーはおそらく体積的にiPhone 12のそれと比べて77パーセントのサイズに近いのではないかと思うわけです。しかし、ビデオ再生の数字は約90パーセントで、これはiPhone 12 Miniの小さいディスプレイによる消費エネルギーが少ないという事実によって説明できると考えられます。

ビデオとオーディオの再生におけるAppleの引用スペックに基づいて、iPhone 12 Miniは、バッテリーの駆動時間はざっくりと言ってiPhone 12の約85パーセントだと考えれば体感的に大きな差はなさそうです。

確かに、iPhone 12 Miniのバッテリー駆動時間はiPhone 12やiPhone 12 Proよりも短いのでしょう。しかし、バッテリー駆動時間でiPhone 12 Miniを購入することを躊躇するようなことはないような気がします。

一方で、Appleが発表しているiPhone 12 Pro Maxの動画再生、ストリーミングビデオ再生、オーディオ再生の数値は、それぞれ「最大」で20時間、12時間、80時間と、明らかに長くなっています。これはバッテリー容量の成せる業ですね。

また、そのディスプレイですが、iPhone 12 Miniのディスプレイは物理的に小さいだけでなく、密度も高くなっています。iPhone 12とiPhone 12 Proの6.1インチのディスプレイは2532 x 1170ピクセル、1インチあたり460ピクセルです。12 Miniの5.4インチのディスプレイは2340 x 1080ピクセルで、1インチあたり476ピクセルです。iPhone 12 Pro Maxのディスプレイ(2778 x 1284)の1インチあたりの密度は458ピクセルで、これはiPhone X、XS、XS Max、11 Pro、11 Pro Maxと同じ1インチあたりのピクセル密度です。iPhone 12 MiniとiPhone 12/12 Proの違いである1インチあたり16ピクセルの追加は、果たしてわかるものなのか、おそらく感じ取れるレベルではないかと思います。

実際には、これが何を意味するかというと、iPhone 12 Miniは画面上の小さな領域に同じピクセル単位のコンテンツを詰め込んでいるということです。同じ量のコンテンツを、より小さなサイズに縮小して表示しているのです。

iPhone 12 Miniはより小さなデバイスなので、画面上のすべての情報がiPhone 12やiPhone 12 Pro Maxよりも小さく見えますが、それは5インチのiPhoneである初代iPhone SEやiPhone 5、iPhone…

優れたデザインが時代を超越している理由。

十数年前、Appleは新しいよりスクエア型のデザインを採用したiPhone 4を発表しました。思えば初めてのRetinaディスプレイモデルでした。新しいiPhone 12はiPhone 4と同じデザインかと思います。

iPhone 12のデザインは賛否両論あるみたいです。そのデザインを称賛する一方で、古いデザインに戻って懐古的とも取れるみたいです。しかしながら、不朽のデザインは一定の再解釈を必要としないはずです。微調整やデザインの研削、微妙な改善などです。私はiPhoneとそのデザインを、ライカのカメラに非常に似ていると考えています。

Leica M10 Monochrom

私はライカのマニュアルカメラに強いデザイン性を感じています。バルナックライカからLeica M3を開発・発表した際は、M5など少しスタイルの変わったものがありましたが、M2、M4、M6、M7とほとんど同じ外観でした。デザインが不変なのです。Leica M3の完成度は、それまでライカの模倣をしていた日本のカメラ会社にレンジファインダーカメラを諦めさせ、一眼レフカメラと言う新しいカメラシステムの発展につながった程です。そしてデジタルライカとなった時、M8、M9、M10などと不変のデザインです。

「人がブランドやブランド価値をどう感じるかは主観的なものですが、それはデザイン言語にはっきりと表れています」と、ライカのモデルQのデザイナーであるヴァンサン・レーヌ氏は言います。「ライカにとって、機能的なデザインと遺産との間には非常に強いつながりがあります」だそうです。iPhoneもまた、そのアイデンティティーを必要としていますし、持っています。だからこそ、私はiPhone 12のデザインを賞賛する事にしました。

デザインは製品のDNAそのものであり、ブランドとそのアイデンティティを定義します。それは物理的な外観や素材だけではなく、製品が喚起する何とも言えない、しかし識別可能な感覚でもあります。力のあるデザインは、人を惹き付ける何かがあるんです。人間はそもそもそういったパターン認識が非常に優れているのでず。ポルシェやライカが70年以上も続けてきた事に対して、iPhoneは13年しか経っていないのに、他社に模倣され、複製されてきたのです。しかしそれにも関わらず識別が容易です。

ポルシェやライカのデザインと同じように、iPhoneは、再発明ではなく微調整する程度しかないほど優れたデザインの製品です。思えばポルシェもそうですが、ライカも外観は似ていても現代のカメラはデジタルセンサーを備えていて中身は違うものです。iPhoneも、ボンネットの下で多くの改良が成されていると思います。そして、Appleがこのスマートフォンの製造にどれだけの労力をかけているかを認識するのは製造に携わる事がない人が難しいものです。

例えば、iPhone 4がiPhone 12やiPad Pro、iPad Airの最新版などの新しい製品のインスピレーションとなっていることがよくわかります。また、iPhone 4は故スティーブ・ジョブズ氏の手によって開発・発表された最後のiPhoneモデルでもありました。そして、スマートフォンでの写真撮影が一般化し、メールや買い物、SNSなど生活を一変させた製品でもありました。

このようにiPhone 12と過去について考えることで、私は2016年に発売されたiPhone 4の解釈であるiPhone SEのことを考えていました。私は仕事で使っていたiPhone 5を思い出すと、サイズ感的に一番良かったと記憶しています。

iPhone 4も凄かったですが(妻が使っていた)、初代iPhone SEが完成されたデバイスと思っていました。指紋読取装置も素早く、カメラも十分な性能を持っており、バッテリーも十分でした。4Gも大変良かったです。ディスプレイは素晴らしく鮮明でした。そして重要な点として、iPhone SEは片手で操作するために設計されたデバイスでした。現在私はiPhone 11 Proを使っていますが、私の小さい手にはそのサイズは今一つ大きく感じるのです。

そして、iPhone 12についてはまだ購入の決心がついていない状態です。妻のiPhone 7が調子悪いとの事なので、現在のiPhone 11 Proを妻に下取りしてもらって自分は新しいiPhoneを買おうと画策しています。しかし、最近は外出は控えるようにしているし、家にいる時間が長いのでインターネットの速度も不満がないので5Gは必要なさそうです。iPhone 12 Proのカメラも11と大きく変わらなく、ましてや私の場合はiPhoneの27mm相当の画角の写真を撮る時は、GRを使うのでiPhone 12 Proへのアップグレードには、まだ乗り気ではありません。

注目しているのはiPhone 12 Miniです。机上のサイズは初代のiPhone SEよりも少し大きいです。iPhone 12 miniは初代iPhone SEと比べて、飛躍的に性能が上がっていてより多く機能を搭載しています。まずい事にiPhone 12 miniには新しさの魅力があるんです。もう少し小さく、初代iPhone SEと同じくらいのサイズだったらなぁ。

2020年のiPad Air。

iPad Air

私の個人的なiPadは長らく2013年のiPad Airです。今では普通のiPadですら私のiPadよりも高性能で、私のiPadはiPadOS14の最低ラインのマシンになってしまいました。この新しいiPad Airは、現行の11インチProに限りなく近づいた見た目と感触を持っています。

2018年と2020年の11インチiPad Pro(第1世代と第2世代)は、カメラシステムはさておき、サイズと形状がまったく同じです。新しい10.9インチのiPad Airは、カメラシステムをひとつのみ搭載しており、2018年の11インチiPad Proとほぼ同じで、フラットな側面、丸みを帯びた「エッジ・トゥ・エッジ」ディスプレイ、ホームボタンのない基本的なインダストリアルデザインを採用しています。AppleのiPad比較ページを見ると、新しいiPad Airと両世代の11インチiPad Proは、1ミリの10分の1まで高さと幅が同じであることがわかります。サイズのわずかな違いは、新しいiPad Airの方が0.2mm厚いくらいです。そのため、新型iPad Airは11インチiPad Proと同じMagic Keyboardにぴったりと収まります。

11インチのiPad Proと並べてみると、新しい10.9インチのAirのディスプレイを囲むベゼルがわずかに広くなっていることがわかります。それもそのはず、同じサイズのボディでありながら、ディスプレイが少し小さくなっているので、ベゼルは今までよりも少し太くならざるを得ないのです。実際には、横に並べて見ない限りには、わかりません。

一目でわかる唯一の違いは、新しいAirは、シルバーとスペースグレイに加えて、グリーン、ブルー、ローズゴールドというiPad Proにはない色が用意されていることです。Appleが提供してくれたのは緑のもので、魅力的なミント色です。

新しいiPad AirとiPad Proのディスプレイを比較してみると、0.1インチの対角線サイズの違いはそれほど大きなものではありません。最大の「典型的な」明るさ(500nits vs. 600nits)も、私にはそれほど重要ではないように思えます。それは、iPad ProにはProMotion(最大120Hzのダイナミックリフレッシュレートのためのもの)が搭載されているのに対し、iPad Airには搭載されていないことです。

Appleは3年以上前の2017年6月にiPad ProにProMotionを導入しましたが、まだiPad Proにホームボタンが搭載されていた時代です。 AppleがProMotionを搭載しているのはiPad Proだけなんです。

iPad Proでは、ProMotionは2つの具体的な利点を提供します。それは、よりスムーズな動き(特にスクロールやスローモーションビデオ)と、より遅延の少ないPencil入力です。高いリフレッシュレート(60 Hz以上)に加えて、ProMotionでは、バッテリー寿命を節約するために、より低いリフレッシュレートも可能になりました。例えば、30 FPSのビデオを再生しているとき、ProMotionのディスプレイは30 Hzまで低下します。

隣り合わせに並べてみると、その違いがよくわかります。スクロールは新しいiPad AirよりもiPad Proの方が、よりスムーズで綺麗です。

iPad Airの60HzのリフレッシュレートやPencilの遅延自体は、特に悪い訳ではありません。ただし、iPad Proの価値を上げているのは間違いありません。価格設定がそれを顕著に表しています。