レンズトリオの選択。

最近の『レンズトリオ』と言ったらどんなレンズなのでしょうか。

16-35mmの広角ズームレンズ、24-70mmの常用ズームレンズ、そして70-200mmの望遠ズームレンズでしょうか。

zoom

焦点距離に隔たりがないのが安心なのでしょうかね。

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くりすますばこ。

くりすますばこ。(サンタポストとも言う)

このはこの中にほしいプレゼントを3つまでかいて入れること。
すると3つのうち、ひとつをサンタさんがくれます。
期限は12月1日です。

GR020182

出しておいて12月1日に確認したら、ポストに手紙が入っていました。

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マイクロフォーサーズのような小さいセンサーフォーマットのカメラに期待しています。

インターネットでカメラの記事を読んでいると、どうも今後はフルサイズのセンサーがメインとなって小さいセンサーフォーマットのカメラはどんどん少なくなっていく風潮を期待する声が多く聞こえます。特にカメラメーカーの開発がなぜフルサイズ以下のものに時間をかける理由が見つからないだとか。小さいセンサーサイズに本当に価値はないのでしょうか。

私の場合はたくさんのカメラを研究室でテストする環境はないのですが、カメラとレンズの関係ならば生業としているレンズ設計の観点から何点かコメントできます。

例えば、マイクロフォーサーズセンサーのPanasonic G9の画像は本当にNikon D800eクラスに及ばないのでしょうか。そりゃ、同一条件で完璧な撮影テクニックを擁して部屋の壁一面に拡大した時の画像は近付いて見れば目に見える差があるのかもしれませんが、Web上で閲覧する分にはiPhoneかiPadサイズの画面でそんなに大きな差があるとは思えません。

4K動画となればPanasonic GH5Sに勝るカメラそうそうないと思います。

『小さいセンサーはボケない』と仰る方もいるかもしれませんが、ボケはそもそも無くしたいものだったんではないでしょうか。『像がボケている』と言うのは決してポジティブな評価ではなかった筈です。レンズ設計者は100年かけて如何にボケが少ないレンズを設計するのに力を注いだのに、カメラの世界では逆にボケやボケ質が有難られるとは技術的に後退している感じです。百歩譲って新しい『ボケ』の定義を『焦点深度の薄さ』としたとして、小さいフォーマットでは明るいレンズや焦点距離の長いレンズで十分達成可能です。

レンズ設計的には大きなセンサーで解像度を保って明るいレンズを設計するよりも、小さいフォーマットのレンズで設計する方が高い解像度が達成しやすいです。

風景写真やストリート写真など写真の種類によっては深い焦点深度が望まれるケースも多くあり、コマーシャルフォトやコーポレートフォトなど正確な焦点深度の量の計算が必要で、無闇にボケて焦点深度が短い画像が適さない写真もあります。ましてやiPhoneや他のスマートフォンなどのコンピュテーションフォトグラフィーがある今、『ボケ量』はもはや計算して追加でき、かつその量も調節できる世界です。

全てはより多い選択です。スクエアフォーマットで撮影して構図を考えるのに意味ある事であり、単に3:2の写真を後でクロップするのとは異なります。また、明暗を考えてモノクロ写真を撮影するのに意味があり、カラー写真を後でモノクロにするのと異なります。そしてボケに関しても適量を計算して写真を撮るのに意味があり、無闇に大きくするのが良いとは限りません。

ボケ量に関する考え方を変えると、フルサイズの必要性が私の中では少し薄れてきます。

マイクロフォーサーズのレンズについても意外と大きいと感じる方がいるかもしれませんが、それはプロクラスの高倍率ズームだったりします。M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PROM.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PROは確かに大きいですが、同じクラスのフルサイズレンズはそれ以上に大きいです。LEICA DG SUMMILUX 15mm / F1.7 ASPH.LUMIX G 20mm / F1.7 II ASPH.は仕様に対してとてもコンパクトなレンズです。コンパクトであると共に、大変軽量なので使いやすいハズです。

フルサイズ信者が多いですが、そもそもフルサイズ・・・ではなくて35mm判こそコンパクトなフィルムサイズとして開発され、シノゴの4×5インチのフィルムやブローニーフィルムからよりコンパクトな35mm判となりました。デジタルの世界で、このままセンサー技術が発達すればマイクロフォーサーズがフィルム時代の35mm判になり得る技術的根拠はあります。ただし、こうもフルサイズ信仰が根強いと、残念ながらマイクロフォーサーズの良さがわからないまま埋もれてしまうのが残念です。メインをフィルム写真で撮られなくなって時間が大分経っているので、そろそろ35mm判の遺産から逸脱するのもいいかと思います。

マイクロフォーサーズも2000万画素の領域に立ち、センサーサイズ起因の弱点だった高感度特性も大変良くなっています。もはや大きな暗所撮影での差があるのならば、現実的に使わないような真っ暗闇での撮影で無い限り大きな差は出ないのではないでしょうか。三脚があれば大きな差はなく、特に最近のカメラの『リアルレゾリューション』的な撮影方法があれば解像度問題も払拭できます。

それでもマイクロフォーサーズが無くなってしまったら、それこそ小さいセンサーフォーマットの良さをわからないまま衰退、消滅するので残念な事になります。レンズやカメラが高性能で小さく軽くなれば楽になると思うのですがね。

マイクロフォーサーズより先に衰退していくのは一眼レフではないでしょうか。ユーザーがライブビューの良さやEVFが更に綺麗になったり、エフェクトの効果が直接見えたりして、更にコンパクトで軽いカメラとレンズに魅力を感じるようになればいいのですが。新しく写真を始める人が、ニコンのD850とZ7のどちらを選ぶか、ですね。既存ユーザーならばレンズ遺産を使うという事で理解できますが、新規の人はZ7を選ぶでしょうね。

新しい一眼レフカメラが発売されなくなるまで何年でしょうか。3年でしょうか。5年でしょうか。特にキヤノンとニコンがミラーレスを発売した今、ミラーレス機のプロユースがどんどん増えていく場合、それを目の当たりにする一般ユーザーがこぞってミラーレスに移行するのにどれだけ時間がかかるでしょうか。少なくともフィルムからデジタルへの移行よりは早いと思います。

その中で小さいセンサーフォーマットのシェアがどのくらいかは、その利点と不利な点を理解して総合的に判断した人がどれくらいいるかによると思います。『大きい事はいい事』とは限らない事をより多くの人が理解すればマイクロフォーサーズは衰退しないと思います。本当に大きいセンサーがいいのなら、これからは中判センサーの時代になる訳です。マーケットが中判センサーへの移行は考えられないです。個人的にはブローニーフィルムのノスタルジアから試してみたくなるかもしれませんが。

ひとまずは特に確たる根拠が無い限りは、小さいセンサーフォーマットの『ちゃんとした』現行カメラが初心者にはオススメです。最近はレンタルサービスとかあるので、一日試して写真を見ればいいと思います。いつも通りの普通の撮影で不都合がないか試すべきです。そういう意味では、現在重い一眼レフのフルサイズ機を使っている方も手軽なのでマイクロフォーサーズ機のレンタルで試してみるのもいいと思います。写真の大きな品質を感じず、軽い機材で開ける道もあるかもしれません。あまり製品レビューとかを信じずに、自分の写真を信じる事をオススメします。

とは言え、いつの日か全てのカメラがスマートフォンカメラに取って代わる事もあるかもしれません。これからコンピュテーションフォトグラフィーがどんどん発達し、このまま一人一台にスマートフォンがあれば、カメラを買う必要がなくなる訳です。一部の写真を生業とする方々だけがカメラを買う事になるかもしれません。今でもiPhoneは一秒につき50億の計算ができます。ハードウェアとソフトウェアの融合により、照明やボケが計算で再現できるのであれば人工的にライティングや焦点深度が短いレンズとセンサーフォーマットはいらなくなる訳です。スマートフォンの写真が従来のカメラよりもいい写真が撮れるようになるには時間がかかるかもしれませんが、一般的に『良い写真に見える』写真が従来のカメラよりも簡単に撮れるようになるのは時間の問題です。

例えば、写真を撮る前に『こんな写真が撮りたい』とスマートフォンにプログラミングしておけば、シャッターすら押すことなく自動的に望みの写真を撮ることもできます。イメージ的には写真の『自動運転』に相当します。運転がそのように進化するのならば、写真撮影もそのようになってもおかしくないですよね。

欲しい絵を指定してそれを得られるのであれば、わざわざ撮影方法とかを学んで従来のカメラを使う必要は無くなってしまいます。

小さいセンサーの良さは色々とありますが、動画撮影ではPanasonic GH5Sとかは高性能でありながらオーバーヒートしにくく、センサーサイズが大きな利点となっていると思います。電流は100%電力に変換されないので、余った分は熱となります。小さいセンサーの方が駆動電力が少なく、結果的に熱が発生しにくいのです。Olympus EM-1mkIIはボディ内手ぶれ補正が凄く、多くのカメラを凌駕しています。物理的に小さいセンサーはより軽いので、それだけ手ぶれ補正の際に大きく精度高く動かす事ができるという訳です。

最終的に何が無くなっていくのか、例えばフィルム一眼レフがもう新製品が無くなったように、中判フィルムカメラも無くなり、デジタル一眼レフも新製品は無くなりそうですね。その内フルサイズカメラが全て無くなり、レンズ交換式カメラの新製品も無くなり、小さいフォーマットのカメラも無くなり、スマートフォンだけが残るのでしょうか。きっと取り回しの良い小さいセンサーのカメラの方が大きくて重いフルサイズカメラよりも長続きするのだと思うのですが。

少なくともこれからどんどん時代は変わっていくのでしょうね。それだけは確かです。

2018 Mac Miniについて。

Mac Miniその昔は興味がありましたが、Appleがないがしろにしてからは興味が薄れてしまいました。

ただ、ご覧の通りのポートの多さから、そのポテンシャルは高いです。

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インディアンカレーを食べました。

大阪のカレーの老舗店、インディアンカレーに行きました。

インデアンの味は、創業者の母が考案したものを1947年以来ずっと守り続けております。時代が変わり、材料が良くなったりしましたから、全体的な味つけの調整はしておりますが、この辛さと甘さのベースは創業時からずっと変えておりません。これからも変わらないことが私共の義務だと考えております。

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Retina MacBook Air 2018について。

新しいMacBook Airが発表されました。

子供の頃、欲しいモノがあるとひたすらそのモノの絵を描いたり、そのモノについての特徴をメモに書いたりして、買い物を正当化していました。それは大人になった今でも変わりません。
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iPad Proが欲しい理由。

新しいiPad Proが発表されました。

子供の頃、欲しいモノがあるとひたすらそのモノの絵を描いたり、そのモノについての特徴をメモに書いたりして、買えない現実を誤魔化していました。それは大人になった今でも変わりません。

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10月のAppleイベントについて。

ニューヨークで行った今回のイベント、なかなか面白かったです。なぜAppleのキャンパスでやらなかったのかはわかりませんが、色々な場所でやりたかったのでしょうか。

全体的にはそれ程長くなく、発表もインパクトがあり、テーマが統一されているように見えました。

一言でこのイベントを総括すると、『Appleファンが欲しかったものの発表』と考えるのは大げさでしょうか。

今回のAppleの発表会は新しいMacの製品とiPad Proが焦点でした。クリエイティブ系のタスクに対しての製品を強調してきました。私にとって最も目を引いたのがiPad Proでした。

MacBook Airの発表

MacBook Airに関しては多くの人のメインマシンであり、私も好んで使っていました。この新しいバージョンはRetinaディスプレイと共に、Touch ID、面積の大きいForce Touchトラックパッド、Thunderbolt 3ポートと、アップデートが豊富です。

MacBook Airが愛されている理由の一つは長らく最も安価なMacのノートパソコンだった事もありますが、そのポータビリティも愛されている要因なのではないでしょうか。MacBook Airを持ち運ぶのは苦ではなく、まるで雑誌を持ち運ぶかの手軽さです。それ程コンパクトでありながら、多くのタスクをこなせるマシンとしてユーザーは価値を見出したのだと思います。

MacBook Airは元々、動画編集やソフトウェアのコンパイルをこなせるような最高性能のノートパソコンを目指していたのではなく、オン・ザ・ゴーなノートパソコンを目指していました。そのコンセプトがブレていないため、MacBook Airを使う理由が買う人の中ではっきりしているのは間違いないと思います。

IntelのCore i5チップとより多いストレージ、より多いメモリのオプションがあり、更に多くのハードウェア機能が追加されたこのMacBook Airは、これからも良く売れる製品になるのではないでしょうか。MacBook Airとはもはやそういったブランドすら持っています。

特に人々に愛されたMacBookはMacBook Airですよね。2008年の最初のMacBook Airの発表はまだ鮮明に覚えています。故Steve Jobs氏が封筒を持ってステージに出て来て、その封筒からMacBook Airを取り出したのです。この時の観客のどよめきは今でも覚えています。

あの当時からすると、あのようなティアドロップ型のノートパソコンはとても新鮮かつ先進的に見えたものです。

それが今やどうでしょうか。どのパソコンメーカーもこのティアドロップ型のノートパソコンを生産しているではないですか。Surface Bookは形が違うのに機能的で好ましいですがね。その見た目が似ているノートパソコンが蔓延している中でも、まだMacBook Airが良く売れているそうではないですか。それもMacBookが前面に出されてから大したアップデートもなかったのですよね。

要するにみんなが待ちに待ったアップデートなわけです。

もう何年も『Retinaディスプレイを搭載したMacBook Airが欲しいんだ』という声が聞こえていました。Appleの目論見としては薄くて軽いMacBookかTouch Bar無しのMacBook Proの登場でMacBook Airの売り上げが落ちると予測していたのでしょうが、ネグレクトされていたMacBook Airでも皆さん買っていたみたいですね。それだけでAppleにとっては『Retinaディスプレイ付きのMacBook Air』の開発に取り組むモチベーションになったのでしょうね。

それはそれで嬉しいのですが、ちょっと変ですよね。

ちょっと調べればわかる事なのですが、12インチのMacBookとこの13インチのMacBook Airが同時に存在している事は少し違和感があるのですよね。なぜならば以前のRetinaディスプレイではないMacBook Airは$999と最安価なノートパソコンでしたが、このRetinaディスプレイ付きのモデルは$1199なので、MacBookよりもたったの$100の価格差です。以前も推測したように、Appleは本当はMacBookが最下層のノートパソコンになって欲しいのではなかったのでしょうか。でもMacBook Airのブランドが強いと気付いたのでしょうか、それでラインナップに加えているような気がします。

とは言え、これはMacBook Airには大きな影響はないはずです。このノートブックパソコンは売れるでしょう。でもこのRetinaディスプレイ付きMacBook Airの登場で、あの12インチのMacBookを誰が買うのか疑問が湧いてきます。

ポータビリティを謳う、『Air』を冠するMacBook Airよりも若干小さいノートブックパソコンを欲しがる人はいるのでしょうか。

Thunderbolt 3ポートが二つしかない新MacBook Airよりも更にひとつ少ない、たったひとつのThunderbolt 3ポートを持つMacBookを欲しがる人はいるのでしょうか。

それともTouch IDが欲しくない人がMacBookを買うのでしょうか。

それとも一日中のバッテリーの持ちがウリであるMacBook Airよりもバッテリーが少ないMacBookを欲しがる人がいるのでしょうか。

数値だけを見ればどうやらMacBookの方がCPUのオプションが豊富で僅かに速度の速いCPUを選べるみたいですがね。

こうなってはMacBookがどうなるのか見ものです。このままではMacBook Airの静かな消滅を計画していたAppleが方向転換してMacBookを生産終了するのでしょうか。それだったら最初からRetinaディスプレイ付きのMacBook Airをさっさと作れば良かったのに、言われるでしょうね。

最終的にはどのデバイスであれ、コンシューマー向けのノートパソコンとプロ向けのノートパソコンの二種体制が最も良いです。今のラインナップでは12インチのMacBookとTouch ID無しのMacBook Proが不要です。Touch ID無しのMacBook Proを持っているのが情けないですが。

Mac miniの発表

実際にはどのデバイスが一番魅力的かは意見が別れるところだと思います。Mac…

完璧なレンズとは。

レンズの選択はカメラやカメラシステムと切り替えて考えて、好きなレンズを好きなカメラに好き時に使うのはアリだと思っています。誰も咎める権利はありません。

古いレンズを新しいセンサーで使うと、そのレンズ本来の性能が今になって見えるかもしれませんし、最新のレンズを昔のフィルムカメラに使えば思いもよらない素晴らしい写真が撮れるかもしれません。

Summicron 2/50 M

このように可能性はほぼ無限にあり、楽しんで然るべきです。試したいレンズがあれば、それを手に入れて写真を撮るべきです。

ま、私は完璧なレンズを持っているんですがね。

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